“So this is heartache?”

教えていただいて探していた「ONCE ダブリンの街角で」がたまたま配信されていたのを観ることができました。
劇中で流れる歌をききながら、わずかに息をつめるような、もぞりと椅子の上でからだを動かしてしまうような、すこしどこかがざわりとする感じを覚えながら観て、終わったあとに、ああと言葉が落ちるような感じでした。

川の流れる早さも、行き着く先も違っていて、これまで違う流れにいたのがひととき近付いて、強引に手にすることもできるけれど、どこかで自分のものではないとわかっていて、近付いたのが再び段々距離が離れて行くのを、それと理解しながら見ている、振り返ってもお互いの姿が見えないところまで流れて行く、そのつつましさのような、諦めのような、不器用なのか純粋なのか、劇中で名前を与えられない男と女の共有した時間。

惹かれたものが、もしかしたら自分のものかもしれないと思うのはなぜなのか、対象や自分の中に動くものを感じる、そういうものは人それぞれで、もしそれがそんなに多くないとしたら、見つけてしまうと特別に感じたり手にしたいと思うのは当然といえば当然で、とにかくもおっかなびっくり近付いて、そしてやがて自分のものではなかったと理解する。
何のため、よりも、すれ違ったそのこと自体に意味があって、理由を確かめずにはいられなかった代償なのか、傷のようなもの、何かの跡が残る。

戻りたいわけでもなく、後悔しているわけでもなく、好きとか嫌いとか恋しいのとも違う、ただ通り過ぎてしまった、二度と同じときが訪れないということに、心が痛む。
痛いというともしかしたら違うような、大げさなような、感傷とも違う、すこしだけ息をひそめてしまうような、けれど、もうないことにただ心が痛むということも、きっとあるのだろうと思いました。

そういうのは、必修科目ではなく選択科目なのかもしれないけれど、履修する価値はきっとあって、それを学べるのはついているのかもしれないと、つらつらと思います。

年末にミュージカルの公演があるそうです。


ブログタイトルはONE OK ROCK「Heartache」より

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