真実は一つでも二つでもない、まして三つでもない


「天使よお願いです、どうか私もその人と一緒に連れて行ってください」
「ならぬ」
「なぜですか?」
「汝の寿命はまだ尽きておらぬ」
「だから、だからお願いしているのです」
「この者も今汝が共に来る事を望んではおらぬ」
「私たちは、永遠に一緒にいると約束したのです。あなたの主である神にも誓った。あの日のことをあなた方が忘れても、私は決して忘れない」
「神はすべて憶えていらっしゃる。ちょうど今日のように、わずかな日差しに身を寄せ合う冬の日であったそうだな。しかし、永遠とは死が二人を分かつまでのこと。この者は死んだ。汝らの永遠は終わった」
「では、私はあの崖から海へ飛び込ます。この人のいない世界にいる理由などありません」
「それでもし汝が死んだとして、この者と共にいられるかはわからぬ」
「なぜです。私が人間のくせにあなたの言うことを聞かないから、この人と一緒にいられないようにいじわるをするのですか」
「神はそのような愚かなことはせぬ。だが、定めに背いた者の魂は、悪魔が連れて行ってしまうのだ」
「…私がこんなことを言うのも、すべては定めではないのですか」
「…我は神の僕、神の定めに従うのみ。汝が何をしようとしまいと、汝がこの地上を離れる瞬間までは、我々は汝に対して何もできぬ。その瞬間にならねば、我々にもわからぬこと」

 

「おい、おい」
「…あなたは、悪魔ですね」
「まあまあ、そんな睨むなよ。悪魔ってだけで悪者扱いするなよな。あんた、本当にここから飛び降りるのかい?」
「…」
「あんた、あの世に行ったらどうなるかわかってんのかい?」
「…極楽浄土で愛する人と心安らかに過ごすか、地獄でただ一人苦しみ続けるか、どちらかではないのですか」
「ちょっと違うんだな。あの世に行くってのは生まれ変わるってことだ。あの世ってのは、魂がちょっとの間待機するための場所なんだよ」
「何のために待機するのですか」
「生まれ変わるためさ。死んで地獄に行くってぇのは、魂を洗濯されて全部忘れちまうってことさ。人間やり直し。あんたが好きで好きでたまらないあいつのことも、あんたの魂はすっかり忘れちまう。すっかり別の魂になるんだよ。あいつはあいつで、”あんた”が欠片も残らない魂には気付かない。いや、気付けないんだな。そもそも魂の世界が離れすぎて出会えないだろうさ。それはつまり、あいつも地獄ってことだぜ」
「…どういう意味ですか」
「あんたは今、あいつがいないことで生きているのが苦しくて苦しくてたまらないんだろう。虚しくて、悲しみや絶望に打ちひしがれている。あいつだってたとえ一時的にしろ、あんたと離れるのは辛いはずだ。まして、あんたが俺に連れて行かれるような真似をしたら、もう二度と、どれほどの永遠を繰り返してもあいつはあんたに会えないんだ。他の誰かを唯一あるべき者と信じながら満たされずに生きて、もしかしたら、毎回最期の瞬間に気付いて絶望するかもな。それを終わることなく繰り返すんだぜ。それがどれほど悲劇的で絶望的か、あんたにわからないはずがない。」
「…一時的…、定めのときまで生きていれば、またあの人に会えるのですか」
「多分な」
「多分じゃ困ります」
「まあ、会えるさ。少なくとも地獄に行ったらもう会えなくなるのは確実だ」
「…」

 

「悪魔が人助けか」
「別に助けてはいない、仕事だろ。神様が言ったんじゃないか。定めの調整が狂って天界が人間で溢れ返ってるから、チューニングできるまでなるべく連れてくるなってさ」
「そうであったな」
「…あんた、さっきからずっと隠れて見てただろう。天使のくせに盗み聞きは良くないぜ」
「天使も盗み聞きくらいするものだ」
「あんたには恥じらいとかないわけ? けど、もしあいつがあの海へ身を投げて本当に死んでしまったら、あんた奪ってでもあいつの魂を一緒に連れて行ってやるつもりだったんだろう」
「…」
「そんなことしてあんたが神様の怒りを買ったら困るな。あんたがいなくなったら、代わりにあんたの同僚のナントカってやつがこの国の担当になるそうじゃないか」
「…誰だ?」
「あの、あいつだよ、ほら、あんたの100倍石頭で、自分が天使の中で一番神様に好かれてると思ってて、悪魔を見下してる大馬鹿野郎」
「ああ、あいつか…いくら神が昼寝している時間帯とはいえ、言い過ぎだぞ。まあ、9割9分9厘正しいが」
「免罪符は1厘だけか? まあいいけど。つうか、神様もこんな時ぐらい、寝る間を惜しんで定めの調整を完了してくれないもんかね」
「おい」
「はいはい。でも、お前の規律違反に対しては、さすがにどうこう言える立場じゃない」
「…そうは言いながら、神に私の赦しを乞うてくれるのであろう? 結局は赦されないとしても、私が裁かれるのをただ見ているお前ではない。何なら、共に人間に堕ちてくれるのではあるまいか」
「そんなに好き好きビーム出てた?隠してたつもりなんだけど」
「現在進行形だ」
「…はあ、まったく、悪魔の方がよっぽどいい神の僕だよ。実際神様だって、お前らみたいな図々しいやつより、悪魔の方を気に入ってるんだから。人間も見た目で騙されてるんだよ。白い羽がなんだってんだ」
「かもしれんな」
「認めんのかよ…まあいいや。さっきの奴も、もうちょっとしたらあいつに会えるんだから。人間てほんとせっかちだよな」
「何も知らないのだから、仕方があるまい。我々はただ職務を全うするのみ。彼らのためにできることと言えば、彼らの幸せを祈ることだけだ」
「二人していつか本当に人間になっちまいそうだな」
「そうだな。この務めの任期が短くなっているのも、そういう理由なのだろう」
「こんだけあいつらを見てて、何も感化されない方が無理ってもんだ」

 

「神よ、そろそろ時間です… もうお目覚めでしたか」
「…お前か」
「では、ご覧になっておられたでしょう。このままではあの二人が人間に身を堕とすのも時間の問題では…。人間に感化されるなど有り得ない。あの二人も我らと同じ、神のつくりたもうた存在であるとは、とてもではないが信じられません」
「有り得ない、か…。儂とて無から生み出すわけではない。ただ名前を与え、定義するだけだ。儂の力の及ばぬものは、ただ受け入れるのみ」
「神の力の及ばぬものなど存在するはずが…」
「ああ、もうそろそろ起きねばならんな。そろそろ仕上げにかかるとするか。あいつらを呼んできてくれ」
「…御意」

 

「すべては、ただの概念に過ぎぬ。何かを真実と思うとき、それはただの判断に過ぎない。真実などありはしない。少なくとも儂には見えぬ。すべては、何かの縮図。外側など、知るべくもない。」

2016/1/18 加筆修正

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