情けは人のためならず、

相手にとってのこちらの価値をはかられているのがすっかり見えてしまった時、あ、見えちゃった……としおれた気分になります。多分お互いに余裕がないとそんな風になってしまうのだろうと思います。

普段、多くは利害という言葉では認識していないで何かしたりされたり、あるいは優しい言葉や表情でコーティングして見えなくなっているだけで、誰かに喜んでほしいという気持ちも、その人が喜んでくれたら自分が嬉しいという、突き詰めると自分にとってのメリットを求めている…と書くとちょっと寂しい気がしてきました。

駆け引きというとちょっとズレている気がするし、何でもかんでも損得ではかるのは江戸っ子に怒られそうです。
ただ、無自覚にアナタのためを装うと、アナタをぶん殴ってワタシも倒れる結果になったりする気がします。

あまりそれと自覚のないアナタのため気質の人や、それとなくいただいていくワタシのため気質の人もいて、相手や自分の性質を把握して、自分という商店を経営していくようなバランス感覚が必要なのかもしれないと思います。

自分が善意と認識していることが相手にとってはそうではないこともあると頭の片隅に置きつつ、ほどよく全部私のためと思えたら、相手にも気持ちよく受け取ってもらえたり、自分ももっとラクに進めたり、ぽんぽんあれこれをできたりするのかもしれないと思います。

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