一富士二鷹三茄子

年末、高尾山に登った。快晴で、観光客でほどよく賑やかで、山頂からは富士山がよく見えた。

運動部なのか、ユニフォームらしき揃いの格好で、暑い、キツイ!と笑いながら追い越していった若者たちの様子は、まさに青春といった感じで、気持ちのよいまぶしさだった。

一人で登っている人も、友達連れも家族連れも、カップルも、みんな思い思いに歩いている様子で、というよりも、体力的に自然と各々に合ったペースで歩くことになるのだろうけれど、距離感もちょうどよいからか、その様子が、街中を歩いているときより自然と目に入ってきた。
家族連れを多く見かけたが、お父さんやお母さんに対する、子どもたちのすなおな感情の発露は、お店や電車内なんかでも見かけているはずなのだが、広い空間、気持ちのいい緑の中では、いっそうのびのびとしたものに感じられた。

先輩が、子どもの数だけ心配なことが増える…と仰っていた。子どもを育てたことがないので、その苦労はわからないが、自分が親にかけた迷惑や苦労を考えると、その通りなんだろうと思う。
子どもや若者の、あのやわらかくてみずみずしい感じ、これから成長して、いろんな可能性があるであろうこと、傍目で見ているだけではっきりわかるあのあかるい雰囲気は、子ども自身の持っているものであるけれど、子どもを産み、育て、見守ってくれる誰かの存在あってこそだろうと思う。全国のお父さんお母さん子どもを育ててくれているひとに勝手に感謝するのであった。

もくもくと歩きたかったのと、薬王院にお参りがしたかった。どこか他の神社でもよかったのだが、山を登るという手順を踏んだほうがなんとなくいい気がして、高尾山を選んだ。

不幸とか悪いことの類は、およそ思いもよらない、それまで知らなかった方向から飛んできて、これは考えていなかったというやり方でぶつかってくる気がする。
だから、つい想像してしまったようなことなんてどうせ起きない…とも言い切れないが、できることしかできないので、明るい方を見つつ、今年もできることを淡々とやって過ごしたい。

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