もういいかい、

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もういいよ、

幽霊を認識したことがないのですが、気付く気付かない・気にする気にしないの差は、幽霊が見える人と見えない人との差のようなものなのかなと思います。

見える人は見えない人に対して、なぜ目の前にいるのに見えないんだろう?と思い、たまたま自分に見えているだけと思うか、自分がおかしいのかもしれないと不安になるのか。
見えない人は見える人に対して、一体何を言っているのかわからないと思い、でも本当に何かいるのかもしれないと思うか、大丈夫かなこの人?と思って敬遠するのか。

私は幽霊が見えないので、もし毎日毎日そこにいるじゃん!と全力で言われたら多分不安な感じになるか、どうしていいかわからなくなりそうだし、でももしある時自分にも見えたら本当だやっぱりいたね、とか思う気もするし、ソフトにたまにあ、いるわ〜とか言われたら、ああそうなのかあと思いそうだし、あるいは疲れてるのかな?とか、ただふーんとだけ思ったりするのかもしれないと思います。

見えるけど見えているだけとか、見えないけど何となく感じ取れるとか、その両方それぞれにも色々な捉え方があって、そういう中で、たまたまどうしても共存できない組み合わせもあるのだろうと思います。
周りの組み合わせやらバランスもあるだろうし、見える・見えないは常に変化することもあると思うので、タイミングによって、うまくいったりいかなかったりするのだろうと思います。

どちらが良い悪いでも優れているでもないし、正しい正しくないの判断で決めつけると多分息苦しくて、お互いがお互いの違いや、それぞれの状況で存在していることを認識し合えれば、同じ空間で過ごせたり、あるいはそっと距離を置いたり、時々でベストな道を選べるのだろうと思いました。

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