きみの涙をひとしずく


どこまでも晴れ渡る空が頭上にあり、真っ白な雲は迷いなく、淀みなく流れていました。
そうして何の問題もなく、あるがままの空の下には、たくさんの人々が生きていて、真っ白な雲と同じように淀みなく歩きながら、一つの大きな流れを作っているのでした。

そんな人々を、大きな穴を通して見つめている少女がおりました。
少女には、一見無表情に見える人々の心のうちにある苦しみや悲しみが、手に取るようにわかるのでした。

ある人は希望があった場所に次々と絶望を詰め込まれ、
ある人は悲しみのあまり今にも消えてしまいそうで、
ある人は怒りの渦に飲み込まれんとし、
ある人は不安でぐっしょり濡れた服を引きずっていました。

人々は、自分の荷物の重さに疲れ果て、周りを見渡す余裕もありません。そして、同じ場所にいて、同じ方向に歩いていても、声を掛け合うこともなく、お互いの姿など目に入りません。
それは、お互いに存在していないのと同じです。存在していないものは見ることも、想うこともできません。

ただひたすらその荷物を軽くしたい、いっそどこかに捨てたいと思いながら、それを言葉にすらできず、ひたすら耐えるばかりで、どうして自分だけがこんなに重い荷物を背負っているのだろう、だけれどこんな荷物を誰かに背負わせるわけにもいかない、と心の中で涙をこぼしているのでした。

少女に許されているのは、目を逸らさずに、ただじっと穴と向き合い、人々を見つめることだけです。
来る日も来る日も人々が織りなす流れ、いえ、その流れのひとりひとりをこそ見つめていた少女は、耐えかねて、とうとう穴から顔を離し、背後の頭上にある空を振り仰いだのでした。

どこまでも広がる真っ青な空が少女の目に飛び込んできました。空には大きくて真っ白な雲が流れており、それはどこか穴の向こうの人々を思わせました。
けれども、一見ただ真っ白いだけの雲たちが、自由にのびのびと、心地よい気持ちで空を泳いでいるのだということが、少女には一目でよくわかりました。

空を流れていく真っ白い雲の一つと目が合いました。真っ白な雲はすこしだけ悲しそうな目をして、何事もなかったかのように流れていきました。
少女はふと、穴の向こうの人々は、このどこまでも広がる空を見上げたことがあるのだろうかと思いました。

その時でした。空を仰いだ少女のちいさなからだ、胸元の真ん中から、天に向かって一筋の光が伸びました。
最初に天へ走った光を囲むようにして、ひとつふたつと光の筋が芽生え、瞬く間に伸び、それらは段々と逞しく太く輝きを増し、捩り合いながら、一本の樹の幹のようになって天を目指しました。

やがて、その樹の先端から枝分かれをし、伸びた枝には葉が顔を出し、葉の重みで枝は逆さまに地面に向かっていきました。
こうして光輝く樹の枝は人々の頭上に垂れ、人々にその光を浴びせました。

ある人は絶望を追いやって希望の光を見出し、
ある人は悲しみの海から陸にたどり着き、
ある人は怒りの嵐から抜け出し、
ある人は不安の衣を脱ぎ捨てました。

光の根元が伸びて少女をやさしく包み込み、少女は光の樹となりました。
人々は重い荷物が軽くなったことに気付き、顔を上げました。そして、初めて空を見上げたのです。

そこには、天高く伸びる光の樹がありました。分け隔てなく、すべてに降り注ぐ光がありました。その根元がどこにあるか、どうしてその樹が現れたのかはわかりません。
けれど、生まれて初めて、自分たちが祝福されていることを知ったのです。

そして人々は、未来永劫、光の樹を見上げ続けました。

真っ白い雲たちは、光の樹の周りを取り囲むように、見守るように、ずっとずっと流れ続けたのでした。

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